Hiroyuki Aoki & Masaaki Yasuda
プログラムノート
バッハ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト長調 BWV 1019
Bach: Sonata for Violin and Piano in G Major BWV 1019
バッハ(1685~1750)は1717年32歳の時、北ドイツの宮廷ケーテンのレオポルド侯爵に招かれ、宮廷楽士長のポストを得て8年間勤めます。そこの優秀なオーケストラに触発され、この期間には素晴らしい器楽の作品を書いています。ヴァイオリンと鍵盤楽器の6曲のソナタもこの時期のもので、トリオソナタ(2つの旋律楽器と通奏低音で構成)の形式で書かれています。ヴァイオリンとピアノの左右の3声部が唐草模様のように絡み合い、まるでタペストリーに描かれた絵の織物ような立体感を感じさせます。
第1楽章は、冒頭から明るい快活なパッセージで始まり、走句と分散和音を二つの楽器がやり取りしながら進む、聴いていてウキウキするような楽章です。一転して第2楽章はヴァイオリンとピアノの高音部の憂いに満ちた対話が心に染みます。解決感のない半終止で終わり次に続きます。
第3楽章は、ピアノ独奏という特異な構成で、力強いテーマが全曲に流れバッハのピアノ曲の醍醐味が味わえるスケールの大きな曲です。
第4楽章は、半音階進行とシンコペーションが組み合わされ、不安と嘆きの雰囲気が漂います。第5楽章はジーグ(速いテンポの舞曲)のリズムで書かれ、躍動感あふれる軽快な曲です。
どの楽章も2つの楽器のやり取りはパズルのような面白さがあり、聞きながらその謎解きを楽しんで下さい。
モーツァルト:ソナタ 変ロ長調 KV.454
Mozart : Sonata in B♭ Major KV.454
モーツァルト(1756~1791)は、25歳の頃、束縛の多かったザルツブルグを離れウィーンで自由な音楽家として歩み始めます。円熟期のモーツァルトは、1784年丁度ウィーンを訪れていたイタリアの若い女流ヴァイオリニストと共演する新作として、このソナタを書きました。しかしあまりに多忙だったモーツァルトは、演奏会前夜にやっとヴァイオリンパートを書き上げ、ピアノパートまで手が回らなかったため、スケッチ風のメモだけの楽譜を頼りにほとんど記憶で演奏したと伝えられています。後にピアノ譜を完成したようです。
ヴァイオリンとピアノが全く対等に扱われるだけでなく、時に寄り添い時に競い合う様が聴く者を魅了します。第1楽章は堂々とした序奏に続き、快活なアレグロでは二つの楽器の交互に織りなす旋律の巧みさが、モーツァルトのヴァイオリンソナタの最高峰と言われる所以です。第2楽章は優しさに満ちた旋律の中に寂しさを垣間見る美しい楽章です。特に後半のヴァイオリンとピアノの会話は息を呑むばかりです。懐かしさを覚えるような第3楽章のテーマは、軽快に流れながらもどこか人なつっこさをたたえています。「僕はここにいるんだよ、こっちを向いて」というモーツァルトの声が聞こえてくるようです。
ストラヴィンスキー:イタリア組曲
ロシアの作曲家ストラヴィンスキー(1882~1971)は、バレエ音楽「春の祭典」「火の鳥」などの作品で有名です。始原的で生命感あふれる和音とリズムで20世紀前半の音楽界に衝撃を与えました。やがて新古典主義といわれる古典派の模倣をしながらシンプルで分かり易く、それでいてどこか冷めたような作風の曲を手がけます。
バレエ音楽「プルチネッラ」はその代表作で、楽しい恋愛喜劇の曲を元にヴァイオリニストのドゥシュキンの協力を得て書いたのがこの「イタリア組曲」です。イタリアの作曲家ペルゴレージ等の作品が下敷きになっていると言われています。簡素なメロディーに、独特のリズムとハーモニーを付けた洒落た作品です。
第1曲 序曲 バレエの幕開けにふさわしい華やかで明るい曲で、これから何が始まるのかワクワク感にあふれています。
第2曲 セレナータ 主人公プルチネッラとそれを取り巻く男女の思いが交錯する愛の歌で、シチリア風の舞曲のリズムが特徴的です。
第3曲 タランテラ 目まぐるしく動くリズムが、登場人物のドタバタする様子を表しています。
第4曲 ガヴォットと2つの変奏 シンプルで優雅なガヴォットが段々に変奏されて主人公たちの心の変化を表しています。
第5曲 スケルツィーノ 一定のテンポで絶え間なく進んで行くリズムは何か焦燥感を感じさせます。
第6曲 メヌエットとフィナーレ 婚礼の祝いの穏やかなメヌエットが繰り返された後、このバレエの大団円のフィナーレで、全員がハッピーとばかりに踊って、めでたしめでたしと幕になります。
ブラームス:ソナタ ニ短調 作品108
Brahms:Sonata in d minor Op.108
ブラームス (1833~1897)は、北ドイツのハンブルグで生まれ、後年ウィーンで活躍したドイツロマン派の作曲家です。卓越した作曲技術と内省的な精神で、心の琴線に触れる緻密な作品を作り上げています。また同時にドイツ古典派の形式美を尊重し、厳格なスケールの大きい面も併せ持っています。
1878年から1879年の夏に、オーストリア南部の保養先で3つのヴァイオリンソナタを作曲しました。豊かな自然に囲まれてじっくりと書かれたこのソナタは、円熟期のブラームスらしく手の込んだ作曲技法を使いながらも、清々しさと哀愁で聴く者をとらえます。
ただ、この時期は親友の訃報など暗い知らせも多く、次第に人生の諦観を感じさせる作品が多くなってきます。
このソナタはヴァイオリンとピアノが対峙しながら音を紡いでゆくスタイルです。
第1楽章は、生まれ故郷北ドイツの冬の、暗く立ち込めた霧のような重さと緊迫感が楽章を支配しています。穏やかさの裏に見えるあきらめの表情の第2楽章。第3楽章はスケルツォの軽さの中にもどこか苛立っている様子を見せます。そして、第4楽章は、それまでに内面に蓄えられた情熱が一気に解き放たれます。様々な勢いのあるパッセージが重なってゆく様子は、まるで激しく燃える炎を見ているようです。